仏教の五戒が自分を守ってくれます 因果応報の法則は本物です

お釈迦様

仏教における五戒は自分にとっての守り神で、結果は全て因果応報です。

五戒を守ることによって自分で自分を守れるのです。

よくない習慣を直すことは始めは大変でも、いい習慣が付けばそれが当たり前にできるようになり心身の健康に繋がります。

①【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】生き物を殺さない

五戒とは仏教徒の守るべき五つの事柄・習慣です。私は仏教徒ではありませんがお釈迦様の素晴らしい人間性に魅せられています。

五戒の一つ目は「不殺生(ふせっしょう)」です。これについては人殺しをしないことは当たり前ではありますが、他の生き物についての不殺生を守ることはなかなか難しいことです。

また人殺しをした場合その後の自分に降りかかる重い罪を考えると、人殺しなどできたものではありません。自分の人生も終わってしまうからです。

殺すという言葉で真っ先に思い付くのはゴキブリです。ゴキブリも今ではドラッグストアで売っている一年に一度置けば一年もつというゴキブリ除けのお陰で、ゴキブリに家の中でお目にかかることはなくなりました。家にもしゴキブリが来たら、ゴキブリはゴキブリ除けをかじって巣に戻り死んでしまうのです。

しかしゴキブリにしてみたらゴキブリに生まれて来たかったわけではないのです。つまらない一生で殺されていくゴキブリ達ですが、ゴキブリが一匹いるだけでも恐怖です。

ゴキブリの命も命には変わりありませんので、ゴキブリさんごめんねと言い手を合わせるしかないのです。不殺生は人間以外の生き物にはなかなか当てはめられないというのが現実です。

不殺生を本格的に意識すると肉や魚も食べられなくなり困ったことになります。

②【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】盗まない

物を盗まないことを「不偸盗(ふちゅうとう)」といいます。これはとても大切なことです。

物の中でも特に私物は持ち主にとってはその人の分身であり、その人が働いて得たお金で買った物が盗まれたとなると相当の痛手で精神的なストレスは極地に達します。ましてや大切な物が盗まれたとなると相当なショックで耐え難いものです。

被害者の心の痛みは想像以上に大きく、毎日毎日失った物のことは頭から離れずあきらめもつかず計り知れない程苦しいものです。

しかしその反面盗んだ犯人は楽しくて仕方ないのだと思います。そして人に嫌がらせをしたというルンルン気分と、お金を払うことなく物をせしめた快感に浸っていると思いますが、そういう人は救いようがないのです。

遅かれ速かれ罰は必ず当たるものであり、その罰が当たった時に自分が盗みをしたのが悪かったと思い反省するのならともかく、反省すらなく罰とも思わない人も結構いるものです。

罰(ばち/ばつ)とは神や仏の懲らしめとしての悪事に対する報いのことです。

大丈夫です。窃盗をした人に罰は必ず当たるものですから、どんな罰を当てるかは神様にお任せするところです。

③【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】不正な性行為をしない

不正な性行為をしないことは「不邪淫(ふじゃいん)」といい、特に結婚していて配偶者がいる場合は家庭を壊すことに繋がるので不邪淫は言うまでもなく大切なことです。

よく、ばれなければいいとか、絶対言うなよという言葉で不正な性行為は後を絶たないという現実だと思いますが、その人の性格や状況から判断してこれは本人の倫理観に任せるしかないところです。

失うものが大きくても因果応報です。

④【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】嘘をつかない

噓をつかないことは「不妄語(ふもうご)」といいます。人はついついとっさにごまかそうとしたり、例えば車の当て逃げなどのように知らんふりをして逃げたりということをしがちですが、正直な人の場合は後ろめたさが大きく我に返り正直が一番という結論になります。

しかし当たり前に嘘をつく人はしめしめうまくいったと思い、嘘をつき通したりごまかし続けたらその人は要注意で救いようがありません。いずれは大きな罰となって自分に必ず返ってきます。

⑤【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】お酒を飲まない

お酒を飲まないことは「不飲酒(ふおんじゅ)」といいます。

私は以前電車に乗っている時、たちの悪い酔っ払いの年配の男の人に絡まれてとても怖い思いをしたことがあります。私はたまたま電車の中でその酔っ払った人のそばにいてしまい、何もしていないのに訳の分からない言いがかりをつけられ弱い者いじめ以外の何ものでもありませんでした。しかも誰も助けてくれません。

他の乗客の人は皆、見て見ぬふりをし知らんふりをしています。そのため私はどんどんエスカレートするその酔っ払った人の言いがかりにどうにもできず、目的地の駅よりずっと前の駅で仕方なく電車から逃げ降りたことがあります。

本当に怖かったことと誰も助けてくれなかったという寂しさと、予定の時間が大きく狂ったという不便さとでとても迷惑でした。このように酔っぱらった人は迷惑で世の中の害です。

ほどほどならまだしも加減を知らずにお酒を飲んで、訳が分からなくなっている状態で電車に乗るのはとても危険なことです。大喧嘩になったり事件になったりしそうで怖いです。特にずるい人は何か悪いことをしても酒のせいにし、覚えていないとか言い、言い逃れをします。

いずれにせよ私はその酔っぱらった人に何も仕返しはしませんでしたが、その人の人生にいいことはないのは当然のことです。そしてその人にはどこかで大きな罰が当たり、世の中の迷惑を思い知ればいいのです。

⑥【仏教の五戒が自分を守る 因果応報の法則は本物】まとめ

死後地獄へ落ちないために守る五戒ですが、守らないと生き地獄で生きている間も苦しむことになるのでくれぐれも日頃の行いには気を付けたいと思います。

私は小さい頃から神様というものはいると信じていて、悪いことをしたら神様の罰が当たる、良い事をしたらどこかで神様が見ていて喜んでくれているものと自分の中で思いながら育ちました。誰かに教えられたわけではありません。

そして神様について勉強していくうちにお釈迦様を知りました。人から勧められたわけではなく自分からお釈迦様に関心を持ったのです。

日本の神様には実在していて亡くなったあと神格化した神様も沢山いますが、お釈迦様も実在していた人物でその悟りは苦しんでいる人々を救う悟りであることが、お釈迦様を信頼して尊敬する理由です。

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