阿弥陀如来 「南無阿弥陀仏」の念仏で極楽浄土へ導く 

お釈迦様

日々過ちが多い中起きてしまったことを取り消すことはできなくても、その後の行いで修復していくことは可能です。

阿弥陀如来を信じ浄土宗の念仏「南無阿弥陀仏」を唱え、より良い行いを目指すことが大切です。

阿弥陀とは無量光仏(むりょうこうぶつ)のことで、どこまでも及ぶ永遠の光を持った極楽浄土へ導く仏様のことです。

①【阿弥陀如来 「南無阿弥陀仏」の念仏で極楽浄土へ導く】阿弥陀信仰とは

阿弥陀信仰は「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えることにより極楽浄土(仏教で仏や菩薩が住む清浄な国土)に往生(おうじょう/この世からいなくなり極楽浄土で生まれること)できるという信仰です。

「南無」は仏様に帰依(きえ/すがって信仰をいただくこと)することを表す言葉で「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏に帰依するという意味です。

阿弥陀とはサンスクリット語(古代インド語)で アミターバ といい、どこまでも及ぶ永遠の光を持つ者の意味で漢訳して「無量光仏(むりょうこうぶつ)」となります。

また阿弥陀とはサンスクリット語(古代インド語)で アミターユス ともいい、ずっと続く寿命を持つ者の意味で漢訳して「無量寿仏(むりょうじゅぶつ)」となります。

阿弥陀如来は大乗仏教の如来で、浄土宗(法然 ほうねん が開祖)・浄土真宗(親鸞 しんらん が開祖)・時宗(一遍 いっぺん が開祖)で信仰の対象になっています。

阿弥陀信仰は7世紀初めに中国から日本に伝わり、鎌倉時代に広まりました。

比叡山延暦寺

日本における浄土信仰は、最後の遣唐使の天台宗の円仁(えんにん)が唐の五台山(ごだいさん/中国の古くからの霊山)で行われていた法照流(ほうしょうりゅう)の念仏を比叡山の延暦寺(えんりゃくじ/滋賀県大津市の天台宗の総本山)に伝え、常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう / 常行堂 じょうぎょうどう)を建てたのが始まりと言われています。

法照(ほうしょう)は中国で唐の時代の浄土教の僧です。

比叡山延暦寺の阿弥陀堂

比叡山の延暦寺(えんりゃくじ)は平安時代初期の長岡京に都があった788年に最澄(さいちょう)により建てられ、平成6年に世界文化遺産に登録されました。

最澄(さいちょう/766年~822年)は平安時代(794年~1185年)初期の日本の仏教僧で天台宗の開祖です。

常行三昧(じょうぎょうざんまい)は仏語であり、天台宗で90日間を一期間として、飲食や排泄などの他の時間は阿弥陀仏の周りを念仏を念じながら歩いて回る修行のことです。

常行(じょうぎょう)とは、修行を休むことなく行うことをいいます。

三昧(さんまい)はサンスクリット語(古代インド語)の サマーディ の音写であり、漢訳で正受(しょうじゅ)となり、心を一つの対象に集中することをいいます。

常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)は阿弥陀如来を御本尊とする、修行のための寺院です。

阿弥陀如来は浄土の西方(さいほう)(東方 とうほう は薬師如来)十万億の仏国土のかなたにある極楽浄土で命あるもの全てを救う仏様です。

国宝であり世界文化遺産である平等院鳳凰堂(京都府宇治市の寺院)の阿弥陀堂は1053年に藤原頼通によって建てられ、平等院鳳凰堂は江戸時代から鳳凰堂と呼ばれるようになりました。

平等院鳳凰堂の御本尊は木造彫刻の阿弥陀如来坐像で、日本の代表的な仏像作家で仏師の定朝(じょうちょう)により平安時代後期の1053年に造られた日本独自の寄木造りで、現存する定朝(じょうちょう)の唯一の作品であり1951年に国宝に指定されています。

平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像は高さ277.2cmで、両手で上品上生(じょうぼんじょうせい)阿弥陀定印(あみだじょういん)を示し、優しい表情で蓮華座に座っています。

阿弥陀定印(あみだじょういん)とは、阿弥陀如来が座禅して瞑想している時の印相(いんそう)で、両手を前に下げ手のひらを上向きにし、両手の人差し指を直角に上に曲げて合わせ、両手の親指と輪をつくった形です。

藤原頼通は仏教に救いを求め、末法の世の中に藤原頼通は自分が極楽浄土へ行くために平等院鳳凰堂を建てました。

末法思想とは、お釈迦様の死後1500年から2000年後までの仏・法・僧による正法(しょうほう/正しい教えのこと)を過ぎると仏法が衰えて世が混乱していくと予測された思想で、浄土思想とは極楽浄土への往生をかなえさせるという思想です。

平等院鳳凰堂は極楽浄土を表しています。

②【阿弥陀如来 「南無阿弥陀仏」の念仏で極楽浄土へ導く】阿弥陀如来像の特徴

次は阿弥陀如来の特徴です。

螺髪(らほつ):髪型は螺髪(らほつ)というパンチパーマのように見える、全ての髪の毛が細かい右巻きにぐるぐる巻きになった髪型で、頭の上に肉髻(にっけい)という盛り上がりがあります。

これは髪の毛を膨らませて盛り上がりをつけているのではなく、悟りを開いた人の象徴的なお姿として頭の上が二段になったものです。

螺髪(らほつ)と肉髻(にっけい)は、阿弥陀如来に智慧(ちえ)が優れていて智慧(ちえ)が詰まっていることを表しています。

白毫(びゃくごう):毫(ごう)とは少し、わずか という意味です。

眉間(みけん)にある右巻きの白い小さく丸まった毛の渦は、光明(こうみょう)でこの世を照らしています。

三道(さんどう):首にある三段の横向きの皺(しわ)で、ふくよかさを表しています。

衲衣(のうえ):衲(のう)は衣という意味で、粗末な袈裟(けさ)のことです。

袈裟(けさ)はインド仏教の修行者と他の宗教の修行者を区別するために用いられた僧侶が身に付ける布状の衣装のことです。

袈裟(けさ)はもともと赤褐色であったことから古代インド語で赤褐色のことを カーシャーヤ といい、カーシャーヤ の音写として袈裟(けさ)となりました。

結跏趺坐(けっかふざ):片方の足の甲を反対側の太ももの上に乗せる座り方です。

結跏趺坐(けっかふざ)は坐像ではよく見られる座り方です。

二重円相光(にじゅうえんそうこう):頭から光を出す頭光(ずこう)と体から光を出す身光(しんこう)を合わせた光背(こうはい)のことです。

蓮華座(れんげざ):仏教の花であるインド原産の、泥の中から奇麗に咲く蓮の花びらで形造られた台座です。

定印(じょういん):印相(いんそう/仏教において手の指で様々な形をつくり、仏や菩薩などであることとその時の様子を示したもの)は上から下まで、阿弥陀信仰の深さと善の行いの数により9段階に分かれています。

印相(いんそう)の一番上の定印(じょういん)は信仰の厚く深い善の行いに優れた人を迎える時の印相(いんそう)です。

定印(じょういん)は両手を前に垂らし手のひらを上に向け、両手の人差し指を上に曲げて付け合わせ、両手の親指を曲げた人差し指の上に置いた印相(いんそう)です。

また定印(じょういん / 上品上生 じょうほんじょうしょう)は、阿弥陀如来が座禅して瞑想している時の阿弥陀如来特有のものです。

上から7番目の来迎印(らいごういん / 下方上生 かほうじょうしょう)も、阿弥陀如来特有の印相(いんそう)で、阿弥陀如来が必ず極楽浄土への迎えに来ることを表しています。

来迎印(らいごういん)は両手を下げ両手のひらを外側に向け、右手は上向きにして親指と人差し指で輪をつくり、左手は下向きにして親指と人差し指で輪をつくった印相(いんそう)です。

③【阿弥陀如来 「南無阿弥陀仏」の念仏で極楽浄土へ導く】まとめ

阿弥陀信仰は子供からお年寄りまで幅広くとても親しみやすく、人々が馴染みやすいという特徴があります。

「南無阿弥陀仏」を唱えるからには「南無阿弥陀仏」という念仏に似合ったより良い行いを心掛けて唱えることが大切です。

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